武者小路実篤「お目出たき人」

 一月二十九日の朝、丸善に行つていろ/\の本を捜した末、ムンチと云ふ人の書いた『文明と教育』と云ふ本を買つて丸善を出た。出て右に曲つて少し来て四つ角の所へ来た時、右に折れやうか、真直ぐ行かうかと思ひながら一寸と右の道を見る。二三十間先に美しい華な着物を着た若い二人の女が立ちどまつて、誰か待つてゐるやうだつた。自分の足は右に向いた。その時自分はその女を芸者だらうと思つた。お白粉を濃くぬつた円い顔した、華な着物を着てゐる女を見ると自分は芸者にきめてしまう。
 二人とも美しくはなかつた。しかし醜い女でもなかつた。肉づきのいゝ一寸愛嬌のある顔をしてゐた。殊に一人の方は可愛いゝ所があつた。
 自分は二人のゐる所を過ぎる時に一寸何げなくそつちを見た。さうしてその時心のなかで云つた。
 自分は女に餓えてゐる。