鈴木三重吉「小鳥の巣」

 十吉はとうと学校を休学して、十月十幾日といふ日の夜、自分の都市へ帰つて来たのであつた。
 十吉は、長らく続いて困つて来た神経衰弱が、最早どんなにして見ても、死にでもするより外には堪え切れなくなつた。
 最早何の抵抗の力も尽きたのである。久しい間黒い土のやうにかち/\になつた頭の中は、一寸何か考へ続けると直ぐに、全面に毛虫に這はれるやうに苛々と痛くなつて来る。目が開くから寝附き得るまで色々の事を考へ続けて、腐り附くやうに悶えるだゞ黒い心には、自分の自由になり得る恋さへも黒く見えた。恋ではない。恋よりも外に、何か、無くては生きてゐられない或物を探して得られないやうに、噛まれるやうな悲愁に漬けられた。