田山花袋「田舎教師」

 四里の道は長かつた。其間に青縞の市の立つ羽生の町があつた。田圃にはげんげが咲き、豪家の垣からは八重桜が散りこぼれた。赤い蹴出を出した田舎の姐さんがをり/\通つた。
 羽生からは車に乗つた。母親が徹夜して縫つて呉れた木綿の三紋の羽織に新調のメリンスの兵児帯、車夫は色の褪せた毛布を袴の上にかけて、梶棒を上げた。何となく胸が躍つた。
 清三の前には、新しい生活がひろげられて居た。何んな生活でも新しい生活には意味があり希望があるやうに思はれる。五年間の中学校生活、行田から熊谷まで三里の路を朝早く小倉服着て通つたことももう過去になつた。