佐々木邦「悪戯小僧日記」

 乃公(おれ)は昨日で満(まる)十一になつた。誕生日のお祝に何を上げやうかとお母さんが言ふから、乃公は日記帳が欲しいと答へた。するとお母さんは早速上等のを一冊買つて呉れた。姉さん達は三人共日記をつけてゐるから、乃公だつてつけなくちや幅が利かない。
 物は最初(はじめ)が大切ださうだ。始めて逢つた時可厭(いや)だと思つた人は何時(いつ)までも可厭だとは、お花姉さんの始終(しよつちゆう)言ふことだ。それで乃公も此(この)最初を巧くやる積りで、色々と考へて見たが、どうも面白いことが書けない。すべて物には始めがある。正月は明けましてゞ始まり、演説は満堂の紳士淑女諸君で始まり、手紙は拝啓陳者(のぶれば)で始まる。しかし日記は何で始まるものか、始(で)からして分らないのだから、全然(てんで)見当がつかない。弱つちまふ。
 お花姉さんのには何麼(どんな)事が書いてあるのか知ら、一つお手本を拝見してやらうと好い所に気がついて、乃公は窃(ひつそり)と姉さんの室(へや)へ上つて行つた。