正宗白鳥「塵埃」

「原稿出切」と二面の編輯者は叫んで、両手を伸し息を吐き、やがてゆらり/\と、ストーブの側へ寄つた。炎々たる火焔の悪どく暑くるしいストーブを煙草の煙で取り捲いて、破れ椅子に座してゐるもの、外套のまゝで立つてゐるもの、議会の問題や情夫殺しの消息、明日の雑報の註釈説明批評で賑つてゐる。
「築島君、その女は美人かね。」編輯の岸上が一座の中へ割り込んで問ひを発した。
「実際いゝ女ですよ、青ざめて沈んでる所は可憐です。僕はあんな女になら殺されても遺憾なしですね、裁判官たるもの宜しく刑一等を減ずべしだ。」三面の外勤築島は、煤けた顔に愛嬌笑ひをして、表情的に云ふ。