富永太郎「秋の悲歎」

 私は透明な秋の薄暮の中に墜ちる。戦慄は去つた。道路のあらゆる直線が甦る。あれらのこんもりとした貪婪な樹々さへも闇を招いてはゐない。


 私はたゞ微かに煙を擧げる私のパイプによつてのみ生きる。あの、ほつそりとした白陶土製のかの女の頸に、私は千の靜かな接吻をも惜しみはしない。今はあの銅色の空を蓋ふ公孫樹の葉の、光澤のない非道な存在をも赦さう。オールドローズのおかつぱさんは埃も立てずに土塀に沿つて行くのだが、もうそんな後姿も要りはしない。風よ、街上に光るあの白痰を掻き亂してくれるな。


 私は炊煙の立ち騰る都會を夢みはしない……土瀝青色の疲れた空に炊煙の立ち騰る都會などを。今年はみんな松茸を食つたかしら、私は知らない。多分柿ぐらゐは食へたのだらうか、それも知らない。黒猫と共に坐る殘虐が常に私の習ひであつた……