クロード・シモン『ペテン師』(松崎芳隆 訳)

 ジュゼッペが言うのに、自由人は死を考えない、知恵は死の省察にはなく、かえって生の省察にあるのだそうな。ジュゼッペは他人が考えてくれたことをくり返しているのだ。人間は互いに真理を取ったり取られたりできるものと思いこんで、この盗み行為から……自己の消滅の瞬間に精神を固定させていたのでは、精神はありえない、死体でしか《あり》えないのだから。そうなるとまるで女が子をはらむように、われわれは死をはらんでいることになる。