ニーチェ『華やぐ知慧』

 おのれの正体が所有衝動であることを最も明瞭に露呈しているのは、男女両性の愛である。すなわち恋愛している者は、恋いこがれる相手を無条件に独占しようと欲し、相手の心にも体にも同様に無条件の権力が及ぶことを欲し、自分だけが愛されて、至高の最も望ましい存在として相手の心のなかに住みつき支配することを欲する。[……]最後に、恋愛している者自身には他の全世界がどうでもいい、色あせた、無価値なものに見えること、それゆえ恋愛している者はどんな犠牲でも払い、どんな秩序でも乱し、どんな利害でも後まわしにしかねないことを考え合わせるならば、私たちは実際おどろいてしまう。男女の愛の持つこの野蛮な所有欲と不公正が、あらゆる時代にこれほど讃美され偶像視されてきたなんて。それどころか、この種の愛からエゴイズムの正反対としての愛の概念が取り出されたなんて。愛はもしかしたらエゴイズムの最も率直な表現にほかならないかも知れないのに、と。[……]確かに地上のここかしこには、二人の人間相互のあの貪欲な要求がある新しい欲望と所有欲に、すなわち自分たちを超えた彼方の理想を求める共通のより高い渇望に取って代わられているような、一種の愛の継承も存在する。しかし誰がこの愛を知っているだろうか? 誰がこの愛を身をもって体験しただろうか? この愛の本当の名前は友情なのだ。

   ※太字は出典では傍点