マルグリット・ユルスナール『ハドリアヌス帝の回想』(多田智満子 訳)

人びとはこれらの君主がいずれも王国を受け継ぎ、人民を支配し、跡継ぎをもうけた、ということを漠然と知っていた。その他のものは何ひとつ残っていなかった。これらおぼろげな王朝は、ローマよりも古く、アテナイよりも古く、トロイの城壁のもとにアキレウスが倒れた日よりも、ユリウス・カエサルのためにメノンの算出した五千年の天文学的周期よりもさらに遠くさかのぼるものであった。疲労をおぼえたので僧たちを去らせ、船にもどる前にしばらく巨像の陰で休んだ。その像の足は膝まで旅人たちが彫りつけたギリシア文字で覆われていた。名前、日付、祈り、セルウィウス・スウアウィスなる者、わたしより六世紀前にこの同じ場所に足を留めたエウメニウスなる者、六カ月前テバイを訪れたパニオンなる者……六カ月前……ヒスパニアの領地で栗の木の樹皮に自分の名を刻みつけたあの子供のころ以来、一度も起こしたことのない気まぐれが起こった――自分が建てた記念建造物に自分の称号や肩書きを彫らせることを拒んできた皇帝が、短剣を手にして、このかたい石に数個のギリシア文字、彼の名のちぢめた親しい呼び方であるAΔPIANOをがりがりと刻みつけたのだった。これはまた時間に逆らうことでもあった。――名前、だれもその無数の要素を数えようとしない生の要約、つぎつぎ継起する世紀のなかに踏み迷った人間の残すしるし。突然、わたしは今日がアティルの月の第二十七日、ローマ暦の十二月朔日の前の第五日であるのを思い出した。これはアンティノウスの誕生日である。もしあの子が生きていれば、きょう二十歳になるわけだ。