マルグリット・ユルスナール『ハドリアヌス帝の回想』(多田智満子 訳)

計画中止の期間に世界とわたしとが経験したあらゆることが、過ぎ去った時代の年代記を豊富にし、この帝位に在る人物の上に、他の光、他の影を投げていた。かつてわたしはこの人を知識人・旅人・詩人・恋人として考えていた。これらの面は少しも消えていないが、しかしわたしははじめて、これらの姿のあいだに、きわめて明瞭に、もっとも公であるとともにもっともひそかな姿――皇帝の姿――が描き出されるのを見た。解体する世界のなかに生きたことが、わたしに、《君主》の重要性を教えたのである。