ウラジーミル・ナボコフ『フィアルタの春』

「冗談だよ、冗談」慌ててぼくは大声で言いながら、横からニーナの右胸の下あたりまで手を回して軽く抱き寄せた。どこからともなく彼女の手にはぎっしりと花の詰まった束が現れた。無欲に香りを放つ、暗い色合いの小ぶりなスミレ(フィアルカ)だった。そしてホテルへの帰途につく前に、ぼくたちは石造りの手すりの前でしばらく立ち止まったが、すべては以前と同じように絶望的だった。しかし、石は身体のように温かく、ぼくはそれまで目にしていながら理解していなかったことを突然理解したのだった。どうしてさきほど銀紙があれほどきらきら輝いていたのか、どうしてコップの照り返しがテーブルクロスの上で震えていたのか、どうして海がちらちら光っていたのか。