ウラジーミル・ナボコフ『フィアルタの春』

 石段を登りきると、でこぼこの空き地に出た。ここからは優しい灰色の聖ゲオルギー山が見え、その脇のほうに動物の骨のように白い斑点がいくつも集まっているのがわかる(集落か何かだろう)。山裾を迂回して目に見えない列車の吐く煙だけが走って行き、突然、消えてしまった。さらにその下、家々の入り乱れた屋根の向こうには、イトスギがただ一本立っていて、遠くからだと水彩用の絵筆のそっくり返った黒い先端のように見える。