武田泰淳『ひかりごけ』

 光というものには、こんなかすかな、ひかえ目な、ひとりでに結晶するような性質があったのかと感動するほどの淡い光でした。苔が金緑色に光るというよりは、金緑色の苔がいつのまにか光そのものになったと言った方がよいでしょう。光りかがやくのではなく、光りしずまる。光を外へ撒きちらすのではなく、光を内部へ吸いこもうとしているようです。
 私が知らずに踏んで来た地面の苔も、ふりかえると、私の靴がただけ黒く残して、おとなしく光りました。

   ※太字は出典では傍点