イーヴリン・ウォー『一握の塵』

 彼はロビーに出て、電話のあるところへ行った。「ダーリン」と彼は言った。
 「ミスター・ラストでいらっしゃいますか? レイディ・ブレンダから伝言を承っております」
 「じゃ彼女につないでくれ」
 「ご本人はいまちょっとお話ができませんで、伝言をお伝えするようことづかりました。大変残念だか今夜は伺えない、とのことです。ひどくお疲れで、もうお宅へお帰りになって寝床に入られました」
 「話がしたいと言ってくれ」
 「申し訳ありませんがそれはできません、もう寝床に入られてしまわれましたから。ひどくお疲れになっていらっしゃいまして」
 「ひどく疲れてもう寝床に入った?」
 「さようです」
 「とにかく出してくれ」
 「失礼いたします」と相手は言った。
 「だいぶ酔っ払ってるぜ」とビーヴァーは電話を切りながら言った。
 「まあ。あの人もかわいそうよね。だけど自業自得よ、藪から棒に押しかけてきて。出し抜けに来たりしちゃいけないってこと、覚えてもらわなくちゃ」
 「年じゅうこんな具合なのかい?」
 「いいえ、こんなのはじめてよ」
 電話のベルが鳴った。「またあの人かしら? 私が出た方がいいわ」
 「レイディ・ブレンダ・ラストを出してくれ」
 「トニー、ダーリン、私よ、ブレンダよ」
 「どっかの阿呆が、君とは話ができないって言いやがったんだ」
 「食事をした場所に伝言を残してきたのよ。あなた、楽しい晩を過ごしてる?」

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