リオノーラ・キャリントン『耳らっぱ』

 私は会釈しながらその場を離れようとしたが、膝があんまりがくがく震えるせいで、階段の方へ進む代わりに、カニのように横ばいになって、ずんずんずんずん鍋に近づいてしまった。私が十分近くまで来ると、彼女は突然、先の尖ったナイフを私の背中に突き刺した。痛さに悲鳴を上げて私は煮えたぎるスープのなかにもろに飛び込んでしまい、同席した仲間(人参一つと玉葱二つ)の困惑をよそに、すさまじい苦痛に襲われて体をこわばらせた。
 ざぶん、という音に続いて地響きのような音が轟き、私は鍋の外に立ってスープをかき回していた。スープのなかで私自身の肉が、足を上にして、そこらの骨付き牛肉と変わらぬ様子で楽しげにぐつぐつ煮えていた。私は塩をひとつまみと胡椒をいく粒か加えたのち、花崗岩の皿に適量を盛った。スープはブイヤベースというほど上等ではなかったが、まっとうなシチューとしては十分の味で、寒い季節にはぴったりだった。
 私は哲学的視点から、どっちが私なのだろうと思案した。洞窟のどこかに磨き上げた黒曜石があったはずだと思って、鏡に使おうとあたりを見回した。あるある、コウモリの巣のそばの、いつもの隅に掛かっている。私は鏡を覗いてみた。まず見えたのは、地獄の淵聖(タルタロス)バルバラ尼僧院長が、あざ笑うような表情でこっちを見ている顔だった。やがてその顔は薄れていき、今度は、女王蜂の巨大な両眼と触角が見えて、蜂はウィンクして私自身の顔に変身したが、黒曜石の黒っぽさのせいか、いくぶん肌の荒れも減じているように見えた。