グレアム・グリーン『事件の核心』

 つるつるのピンク色の両膝を鉄細工に押し当てて、ウィルソンはベッドフォード・ホテルのバルコニーに座っていた。日曜日で、朝課を告げる大聖堂の鐘がけたたましく鳴っていた。ボンド・ストリートの向こう側、高校の建物の窓辺に、紺の制服を着た黒人の少女たちが座って、針金のような髪を何とか三つ編みにしようとはてしない努力を続けている。ウィルソンはまだごく若い口ひげをなでて夢想にふけり、ジン・アンド・ビターズを待った。
 ウィルソンはボンド・ストリートの方を向いて座っていたが、顔は海の方に向けていた。その顔の青白さが、彼が船から降りたのがごく最近であることを物語り、向かいの女学生たちへの無関心ぶりも同じことを語っていた。彼は晴雨計のなかの、ひときわ動きののろい針のようなものだった。ほかの針はとっくに〈嵐〉に移動しているのに、まだ相変わらず〈晴〉を指している。眼下では黒人の事務員たちが教会の方に向かって歩いていったが、青やサクランボ色の華やかなアフタヌーンドレスを着たその妻たちを見ても、ウィルソンは少しも興味をそそられなかった。バルコニーには自分以外、さっき彼の運勢を占ってやろうと言ってきた、ターバンをまいたあごひげのインド人が一人いるだけだ。いまは白人の集まる時間ではない。今日は一日来ないだろう――みんな五マイル先の海岸に行っているにちがいない。だがウィルソンは車を持っていない。何だか耐えがたいほど寂しい気持ちになった。学校の左右に並ぶブリキ屋根は海に向かって傾斜し、ウィルソンの頭上のトタン屋根は、ハゲタカが降り立つとガンガンやかましく鳴った。