橋本治『桃尻娘』

 よりによってAだなんて、よく言うわよ。AだからBCDってなるんでしょう、あたしはイロハの方がいいわ、まだ意味があるもん、色は匂ってサ。ABCなんて無意味にかっこつけて、「だめよ」って言いながらチョッとずつ許してくのよネ、チョッとずつ確実に、高校生らしく節度を持って。でも、やりたくなると絶対に〝愛〟を持ち出して来たりして。今からOLみたいな真似してどうすんのかしら。そんで最後には、「だめよ、こわいわ」って言って、あたしン所に来るんだ、「ねえねえ玲奈(れな)」って。そしてそれはH・R(ホームルーム)で「男女交際について」をやった日で、昼休みの校舎の蔭なんだ、陳腐なのは顔だけにして欲しい。
 ただの〝交際〟だけなら早いとこセックスしちゃえばいいじゃない。そりゃ、妊娠なんかしたらヤバイに決ってるけど、キスもセックスも本質的には同じだと、あたしは思うの。前にも村雲クンとキスした時――本当の初めてだったけど――どうして「イイだろ?」って言わないのか不思議だった。だって、どうせ〝する〟のに。
 あたしはキスよりセックスの方がイイ、あんまりよくなかったけど。終ってから帰る時に小山のヤロウにキスされた時はゾッとした。アイツの顔をモロに見てしまった。アアいう顔をすると、「ゲームだよ」なんて言えるらしい。それなら真剣の方がズッといいに決ってるじゃない。
 よく分んないけど、セックスってもっと滅茶苦茶な気がする。田口祐子みたいにキチンと階段を昇ってくなんてあたしはイヤ。階段は毎日昇り降りする団地の階段だけで沢山よ。どうして祐子は明日にでも結婚するみたいな顔してこんな話ができるんだろう。きっと〝鈍器〟なんだ。
 もう明日からは一人で帰ろう、放課後図書館にいるかどうかして。