野坂昭如『エロ事師たち』

「いやすごいのんは小学校の死体安置場やて、菰かぶせられてな、身内にみせるために顔のところだけ出てんねん、空襲の後雨降るやろ、そやから体水気吸うて、黒焦げなりにふくれあがってもて化物や、ところどころ炭みたいな皮が割れて、中はちゃんと赤い肉見えとったで」「考えてみたら、わい、人の死んだんみたん、空襲以後はじめてやな」とスブやん、「あほいえ、この前ややことむろうたやんか」とゴキ、「そうか、あれも人間やったな」「水葬になるのもおれば、蒸し焼きもおる、それでまたこないして葬式してもらう仏もおる、同じ人間やのになあ」「死んだ人には関係ないわ」「なあ伴的、あんたすまんけどフィルムとってきてくれんか」スブやんにいわれて、「どないすんねん、こんな時に商売の」と伴的。「ちゃうねん、お春とむろうたるねん、あいつはわいの女房や、エロ事師スブやんの女房やろ、そやからブルーフィルムがお経の代りやんか」「そらええ考えや、ほな、わいてったお」とゴキにカキヤ張り切り、たちまち祭壇をかたづけにかかる。
 壁にスクリーンがはられ、その下にお春の棺、燈明も消して暗闇の中に、やがて一条の光が走り、眼もあやなエロ映画は「太柱」の一巻、「スブやん、お経よりありがたいで」「ついでに弁士やったらどないや」「よっしゃ」とスブやん立ち上り、「ここに神に祈りをささげる乙女一人。どうか神様私にすばらしい恋人をさずけて下さい――」解説しながら心の中で、「お春、お前も好きやったなあ、いっちゃんはじめの時かて、今おもたらあらお前からしかけたんやろ、胃けいれんおきたいうてわいを起して、背中押させて、こっちかてむらむらするの当り前や。あの頃はお前も年増ざかりでどこもかもむちむちしてたで、もう抱けへんねんなア」