島尾敏雄『出発は遂に訪れず』

 重なり過ぎた日は、一つの目的のために準備され、生きてもどることの考えられない突入が、その最後の目的として与えられていた。それがまぬかれぬ運命と思い、その状態に合わせて行くための試みが日日を支えたいたにはちがいないが、でも心の奥では、その遂行の日が、割けた海の壁のように目の前に黒々と立ちふさがり、近い日にその海の底に必ずのみこまれ、おそろしい虚無の中にまきこまれてしまうのだと思わぬ日とてなかった。でも今私を取りまくすべてのものの運行は、はたとその動きを止めてしまったように見える。目に見えぬものからの仕返しの顔付きでそれは私を奇妙な停滞に投げいれた。巻きこまれたゼンマイがほどかれることなく、目的を失って放り出されると、鬱血した倦怠が広がり、やりばのない不満が、からだの中をかけめぐる。矛盾したいらだちにちがいないが、からだには死に行きつく路線からしばらく外(そ)れたことを喜んでいるのに、気持は満たされぬ思いにとりまかれる。目的の完結が先にのばされ、発進と即時待機のあいだには無限の距離が横たわり、二つの顔付は少しも似ていない。