井伏鱒二『珍品堂主人』

二重輪の枠の外側に、呉須絵で熊笹の葉が散らされて、輪の内側に辰砂で二艘の船が現わしてある。すこぶる鮮明な辰砂釉です。伝世の辰砂の皿は、今までに紹介されたことはないのではないでしょうか。この皿に惚れこんだ丸九は、今から展覧会の企画に気負いこんで、金に厭目はつけないから売ってくれと云って来ていたのです。珍品堂としては街の古道具屋で二束三文に買って来た代物ですが、いずれ伊万里の相場が出るのが楽しみで、そのとき売るか売らないかはともかくも、自分の所有する可愛い皿に、それ相応な市価が出るのを楽しみたい気持です。この気持は、皿を女に譬えれば容易に理解できることではないでしょうか。あながち頭が禿げるのを気に病むわけではありません。頭が禿げ募ったと思うのは、ときたまぼろい儲けをした後になってからのことであるのです。
 今年の夏の暑さはまた格別です。でも珍品堂は、昨日も一昨日も何か掘出しものはないかと街の骨董屋へ出かけて行きました。例によって、禿頭を隠すためにベレー帽をかぶり、風が吹かないのに風に吹かれているような後姿に見えているのを自分で感じているのでした。先日、丸九さんからの手紙を見て、一年後には伊万里なるものが実質的な相場になると予想して、前祝いに飲みすぎて腹を毀したのです。このところ、下痢のために少し衰弱しているのです。