瀧井孝作『積雪』

 老父は七八日病臥したらしかった。病臥して介抱などそうあてにせず、覚悟のよい大往生のようであった。裏に出ると、中庭に丈余の積雪が、軒端まで堆高く、氷りつめた固雪が縁端に白壁築いた姿であった。これで座敷は雨戸がなく直接冷やされていた体で、室内は冷蔵庫であった。八十二歳の老父は玆のものすごい固雪に向って、辛抱していたのだ。
  (中略)
老父は痩顔白骨の如く、冷めたく、左右の足首が淡く色がちがって、霜やけのひどいので、これは左足が大方痺れて以前から不自由であったが、此冬はかくひどい霜やけも来たのであった。ぼくがこの足の方持上げ、和三郎が抱上げ、手際よく納棺できた。トシコが障子少し明て覗いた。
「バカ、閉めておけ」
 と叱ったりした。和三郎は鉋屑詰めたりして曰った。
「足が曲がらぬと弱るゾと思ったが、らくに棺へ入らさったで安心じゃ。明日の朝、大阪の叔母さまが来て会わっさらずで、釘打たずに措かまいか」
 仏ケは膝を抱いている工合であった。白麻被ぶせて数珠もいれた。
 畳もかえたざしきに、棺をすえた。障子に中庭の積雪の明りがうつった。