宇野浩二『蔵の中』

 それは、四六時ちゅう殆ど止め間なしに、下宿人たちや、彼等の客たちや、それから下宿の女中たちが、まるでスリッパをはいた兵隊が行進するように、どたばたとがさつな音を立てて、私の部屋の前の廊下を往来することなのです。前にいいましたように、外の部屋が廊下に面して一間の障子をかまえているにひきかえ、私の部屋は僅に半間で廊下と対しています。その比例から推して、私が四六時じゅう悩まされている廊下の足音の約二倍を外の部屋の客たちが聞いていたとしますと、彼等が如何に無神経であるとしても、安閑とおちついていられる筈がないと私には思われるのです。そんな筈が決してないのです。私もずいぶん長い下宿生活を経験していますが、それは多少この家の造作もわるいのでしょうが、このようにまるで廊下で四股を踏まれるような騒騒しい足音になやまされた事はありません。私は、気になって気になって、何も手につかないままに、顔の筋肉を自分でもわかる程ぴくぴくさせながら考えた結果、つぎのような結論に達したのです。
 まず、外の下宿屋は、たいてい一つの庭をかこんで、ちょうど女郎屋の或る種の造りと同じように、いやしい例をとってすみません、蹄鉄形に部屋がならんでいるものですが、この下宿屋はその半分の鉤の手形だけしか部屋がないことです。そこで、私の部屋よりも玄関に遠い部屋に住んでいる客たちが、外出するにも、便所に行くにも、洗面に行くにも、かならず私の部屋の前を通らねばならない事になります、しぜん、それらの部屋に出入りする客たちや下宿の女中たちが、ことごとく私の部屋の前を通る訳なのです。つぎに、私の部屋から玄関に遠いほうの隣りが二階への階段になっていることです。これは、したがって、二階の客とその附属人物がことごとく私の部屋の前を通ることになります。そして、それ等をひっくるめて更に重要な点は私の部屋の前で廊下が曲り角になっている事です。つまり、その曲り角の廊下においては、往く者も来る者も、みな、私の部屋の前で二度ずつ足踏みをする事になるのです。くわしくいうと、また少しうるさいかもしれませんが、辛抱して聞いて下さい、私の部屋に何の用事もない如何なる通行人も、ことごとく私の部屋の前に来ると、あたかも私の部屋にはいって来るような足踏みの状態と、つぎに私の部屋から出て行くような足踏みの状態とになることです。その上に、すぐ隣りの二階への階段が、更に、二階へあがる人と二階からおりる人が足踏みをする所になっています。