久保田万太郎『末枯(うらがれ)』

 べったら市が来た。――東京の真中に遠いこのあたりには、毎日、暗い、陰鬱な空ばかりが続いた。そうかといって降るのでもなかった。八幡さまの銀杏がいつか裸になって、今戸焼屋の白い障子、灰いろをした瓦竈(かわらがま)。そこに、坂東三津五郎の住居(すまい)の塀のはずれに、隅田川のドンヨリ無精ったらしく流れているのが窺われた。
 鈴むらさんは朝湯――といってもそれはもう十時すぎ――のかえりにブラブラ中(なか)の渡しのほうまであるいた。今戸橋の近所のことにすると、其処いらは、末枯の、どこか貧しい、色の褪めたような感じのするところだ。寺がたくさんある。――ある寺の門の前に、「あやしき形(なり)に紙を切りなして、胡粉ぬりくり彩色ある田楽みるやう、裏にはりたる串のさまもをかし……」と一葉が「たけくらべ」のなかに書いたような熊手の仕事をしている家があった。――鈴むらさんは来月はもう酉の市かと思った。