プルースト『失われた時を求めて』「スワン家のほうへ」(井上究一郎 訳)

あるひとを愛することによってわれわれがはいろうとしている未知の生活にそのひとも協力していると信じることこそ、愛が生まれるために必要なすべてのなかで、愛にとってもっともたいせつなものであり、それ以外はそれほど重くは見られないのである。男たちをその外貌だけでしか判断しないと主張する女たちでも、その外貌のなかに、特殊な生活から発散するものがあるのを目にする。だから、そんな女たちは軍人とか消防夫とかを好むのであって、制服のために顔立の難点がやわらげられるのだ、彼女らは胸甲の下で、異なる心、冒険好きなやさしい心にくちづけしたような気になる、また訪問先の外国で、若い君主や皇太子は、美女を征服してこの上ない満足をえるのに端正な横顔を必要とはしないが、駆けだしの株式仲買人なら、その場合、端正な横顔はおそらく欠かせないだろう。