フォークナー『八月の光』(加島祥造 訳)

 するとハイタワーが言った。「では、なぜ君は他の者たちが下町で楽しんでいる土曜の午後も工場で働いているんだね?」
「分りません」とバイロンは言った。「それがまあ、僕の生き方なんでしょうね」
「そしてこれがわしの生き方なのさ」と相手は言った。『しかしいま僕は、それがなぜなのか知っている』とバイロンは考える。『その理由はこうなんだ、人間というものは現に持っている面倒な問題には耐えられても、これからぶつかる問題には恐怖を感じるものなんだ。だから慣れた面倒ごとにすがりついて、新しい面倒ごとに入ってゆこうとしないんだ。そうさ。人間ってのは、生きてる人たちから逃げだしたいなんてよく口にする。だけども本当に人間に痛手を負わせるのは死んだ人たちなんだ。死んだ人たちってのは、一つ場所に静かに横たわっていて人間には手を出さないけど、それでも人間はやはりこの死んだ人たちからは逃げられないんだ』