ヘンリー・ミラー『北回帰線』(大久保康雄 訳)

ぼくは諸君のために歌おうとしている。すこしは調子がはずれるかもしれないが、とにかく歌うつもりだ。諸君が泣きごとを言っているひまに、ぼくは歌う。諸君のきたならしい死骸の上で踊ってやる。
 歌うからには、まず口を開かなければならぬ。一対の肺と、いくらかの音楽の知識がなければならぬ。かならずしもアコーディオンやギターなんぞなくてもいい。大切なことは歌いたい欲求だ。そうすると、それが歌なのだ。ぼくは歌っているのだ。

   ※太字は出典では傍点