バルザック『ゴリオ爺さん』(高山鉄男 訳)

パリはまことに大海原のようなものだ。そこに測鉛(そくえん)を投じたとて、その深さを測ることはできまい。諸君はこの海洋をへめぐり、それを描きだそうと望まれるだろうか。それをへめぐり、かつ描くことに諸君がいかに精魂をこめようと、またこの大海の探検家たちがいかに大勢で、いかに熱心であろうと、そこにはかならず未踏の地が残り、見知らぬ洞穴(ほらあな)や、花や、真珠や、怪物や、文学の潜水夫からは忘れられた前代未聞のなにかが残ることだろう。