タキトゥス『年代記』(国原吉之助 訳)

二人は同時に、小刀で腕の血管を切り開いて、血を流した。セネカは相当年をとっていたし、節食のため痩せてもいたので、血の出方が悪かった。そこでさらに足首と膝の血管も切る。激しい苦痛に、精魂もしだいにつきはてる。セネカは自分がもだえ苦しむので、妻の意志がくじけるのではないかと恐れ、一方自分も妻の苦悶のさまを見て、今にも自制力を失いそうになり、妻を説得して別室に引きとらせた。最期の瞬間に臨んでも、語りたい思想がこんこんと湧いてくる。そこでセネカは写字生を呼びつけ、その大部分を口述させた。

   *二人 セネカと妻パウリナ