J-P・サルトル『嘔吐』(白井浩司 訳)

 私はこう考えた、最も平凡な出来事がひとつの冒険となるには、それを〈語り〉はじめることが必要であり、それだけで充分である、と。これは人が騙されている事実である。人間はつねに物語の語り手であり、自分の物語と他人の物語に囲まれて生活している。彼は日常のすべての経験を、これらの物語を通して見る。そして自分の生活を、他人に語っているみたいに生きようと努めるのだ。
 しかし、生活するか、人に語るかを択ばなければならない。