ジッド『田園交響楽』(神西清 訳)

「でもお父さん」と、あの子は言った、「僕だって人々の幸福は望んでいますよ」
「いいや、お前は人々の忍従を望んでいるのだ」
「忍従の中にこそ幸福はあるのです」
 つまらぬ論争をするのは厭だから、これには何も答えなかった。けれど私は、人々が却って幸福の結果にしか過ぎぬものによって幸福を得ようとし、みすみす幸福を危うくしていることをよく承知している。また仮に、愛に燃える魂は自らすすんで忍従を楽しむものだとする考えが正しいとしても、愛のない忍従ほど幸福を遠ざけるものはないことも、私はよく承知している。