村上龍『テニスボーイの憂鬱』

笑いの渦に入れない時は誰にでもある。自分の悲しみを大切にしたい時だ。他人ははしゃいでいる。他人は楽しそうだ。自分だけが別のことを思い、願いが決して聞き入れられないと納得している。しかし他人の笑い声の渦との微妙な距離は、すべて順番なのだ、となぐさめてくれる。サービスを打つ人間はゲームごとに変わる、それと同じで、またいつか時と場所が移れば笑い声の渦に迎えられ、別の一人が離れてその人間だけの悲しみに浸る、そういう順番になっているだけだとなぐさめられるのである。