川端康成『女であること』

 とっさのことだ。佐山の強い平手打ちが飛んだのだが、痛いというより、電気にでもふれたようなおどろきだった。
 顔をかくして、さかえは泣き出した。
「ごめん。」
 うろたえてあやまる、佐山の声がただごとではなかった。
「ぶって、小父さま、もっとぶって……。」
「わかっているのに、ぼくを怒らせるから……。」
「なにがわかってるの? うち、わからない。」
「可愛いんだよ。」
 佐山のその声は、みじめにかすれていた。
 こみあげるよろこびに、さかえはふるえそうで、
「小父さまにぶたれるの、うれしいわ。生まれてはじめてぶたれたの。父も母も、学校の先生にも、ぶたれなかったわ。」
「悪かった。」
「うそつかんでもよろしいわ。もっとぶって下さらなければ、帰るわ、あたし……。」と言うさかえは、地から足の浮くほど抱きかかえられていた。
 目を閉じ、上向けた唇から、きれいな歯を少しのぞかせた。