古井由吉『白髪の唄』

 ――それがいいんだよ。あいつ、死んだのかもしれないな、とあんたは思うだろう。しかし、だから俺の名刺をひっぱり出して俺の勤め先に電話をかけて確かめようとはしないやな。生きていても死んでいても、返事に困るからな。となると、これはあんたにとって、だんだんに、死者とのつきあいにひとしくなっていくんだよ。俺がまた電話で現われないかぎり……。
 そうだな、と私は答えていた。そうやって大勢の生者と、死者のまじわりをしていることになるんだな。生きながらと言うべきところだが、そのかぎりお互いに死者にひとしくなるんだ。生者としてはもう完結していると言えるほどのものだ。何も知らないというのは、お互いに、死んでいることになるんだなあ。知っているのより透明なのかもしれないぞ