2010-09-16 「溺レる」川上弘美 孫引き引用 「死にましょうか」モウリさんが言った。 「そうねえ」わたしはあまり考えずに答えた。 そうねえ、というわたしの声が空に消えてから、二人で海岸を歩きはじめた。寒い日に海岸なんか、歩きはじめてしまった。 淡い雪が降っていて、積もったばかりの雪には、何の跡もついていなかった。 「死に日和ですね」 「ちょっと死に日和すぎて困ってしまいますね」 そんなことを言いあいながら、浜をずっと歩いた。