夏目漱石「『トリストラム、シヤンデー』」

 僧侶として彼は其説教を公にせり、前後十六篇、今収めて其集中にあり、去れども是は単に其言行相(あい)背馳して有難からぬ人物なる事を後世に伝ふるの媒(なかだち)となるの外、出版の当時聊(いささ)か著者の懐中を暖めたるに過ぎねば、固(もと)より彼を伝ふる所以にあらず、怪癖放縦(かいへきほうしょう)にして病的神経質なる「スターン」を後世に伝ふべきものは、怪癖放縦にして病的神経質なる「トリストラム、シャンデー」にあり、「シャンデー」程人を馬鹿にしたる小説なく、「シャンデー」程道化たるはなく、「シャンデー」程人を泣かしめ人を笑はしめんとするはなし、