アルチュール・ランボー「母音」(全) (堀口大學 訳)

Aは黒、Eは白、Iは赤、U緑、O青よ、母音らよ、
何時(いつ)の日かわれ語らばや、人知れぬ君らが生い立ちを。
Aはそも、痛ましき悪臭に舞いつどう銀蠅(ぎんばえ)の
毛羽(けば)立(だ)てる黒の胸衣(むなぎ)よ、暗き入江よ。


またEは、靄(もや)と天幕(テント)の純白よ、
毅然たる氷河のきっ先 白衣の王者、繖形花のかすかな顫え。
Iは緋衣(ひごろも)、喀(は)かれし血、怒りに或るは
悔悛に酔う人の、美しき朱唇(しゅしん)の笑(えま)い。


さてUは周期なり、緑なす海原の、神さびしわななきなり、
獣たちやすろう牧の平和なり、錬金の術を究むる
博士(はかせ)らの額の皺(しわ)の平和なり。


Oはそも天のラッパよ、甲高(かんだか)く奇(く)しき響の、
天界と下界をつなぐ沈黙よ、
――オメガなり、神の眼の紫の光なり!

※出典では、Aに「アー」、Eに「ウー」、Iに「イー」、Uに「ユー」、Oに「オー」、白衣に「びゃくい」、繖形花に「オンペル」のルビ