森鷗外「生田川」

處女(をとめ)。(戸口にて沓を穿く。)いゝえ、おつ母さん。あの鵠(くぐひ)が死にましたので、今日わたくしの身の上が、どうにか極(き)まらなくてはならないやうに思はれますの。(語氣緩かに強く。)人間の小さい智惠で、どうしようの、かうしようのと、色々に思ひましたのも、夜(よ)が明けて見れば、燈火(ともしび)の小さい明りがあるかないか知れないやうなものですわ。