金井直「河のふちで」(全)

ひとりの人間が河のふちに立つ
それはざらにあることだ
しかし 多くのものは語らない
どこから来たかを
そしてなお どこへ行くかを


河のふちに立ちながら
しきりに昇天しようとしてはばたく雲雀を見
 上げる
ひっつれて痛むこころのために
雲雀よ静かにしろ おりて来いと
みえるともなき糸をたぐれば からみ
からめばさらに たち切りがたく
雲雀はもがく なかぞらで啼く
つながれた身をなげいて
囚われた身の非運をかなしんで


河のふちに立つひとは
なぜ そこに立っているのか
ひとが失ったすべてのものを
ふたたびとりかえそうとしてか
あるいは みずからを失うためにか
ひとは あまたの「喪失」を得るたびに
そのふちに立たされてきたのだ
果して ひとは休むひまもなく立っていた
来る日 来る日が喪失の連続だったから
ひとは云う
喪失こそ 人生なんだと


そして あの
ぬらりとした土肌をなめる無機物の
ピチャ ピチャ ヒタ ヒタと云う音
誰かが物を食べるときの
いやらしさをきいている
だが その反復の非情のゆえか
こころ休まる思いに耳かたむけて


また あるとき
水のおもてにわが姿をのぞきみれば
わが影と見まちがう
どっから流れてきたのか一匹の犬の死骸
白ちゃけた棒のように突出ている足の骨
それが 水の中で
歩きたいと云うように動いている
波にもまれている
しかし あれは
骨ばかりになるための漂流なのだ


河のまんなかで ときどき
魚の形をした生がはねあがる
そのとき ひとは思う
このふちに寄ってくるものは みんな
うかばれないものたちが
最後にちょっぴり浮んだはかなさばかりだと
ひとが あっちを向いてるまに
無の底に沈んじゃうんだと