森鷗外「影と形」

小島。僕は戀といふものの事を考へてゐたのです。一體戀といふものは、笛の歌口を強く吹き込むやうに、一人の女を劇しく戀ふるのが本當の戀でせうか。それともピアノの鍵盤の上に指を走らするやうに、女の脣から脣へ早く移つて行つて、其間に諧音を見出すのが本當の戀でせうか。