ジェイムズ・ジョイス『フィネガンズ・ウェイク』(I)(柳瀬尚紀 訳)

 聞こえないのさんざめく水(みず)で。さらさらめく水で。ひらひらめく蝙蝠(こうもり)たち。野鼠(のねずみ)たちが話(はなし)をじゃまするの。ねえ! 家(いえ)へ帰ってとどまろうてんじゃないのかい? なあに、トム・マロウン? 聞こえないの蝙蝠のじゃまで、佐波(さば)ぐリフィーの流れで。ああ、話を音別(おんべつ)してよ! あたし足(あし)が苔(こけ)て鵜(う)ごかない。鵡(む)こうの楡(にれ)みたいに老いた気がする。ショーンかシェムの話かい? みんなリヴィアの娘息子(むすめむすこ)たち。暗鷹(くらたか)が聞いてるわよ。夜(よる)が! 夜が! あたいの老部(おいべ)れ頭(あたま)が垂れて。向(むこ)うの石(いし)みたいに重い気がする。ジョンだかショーンだかの話をしてくれるの? 誰(だれ)なのシェムとショーンは生きている息子なの娘なの? もう夜よ! 話して、話しておくれ、話ておくれよ、暮(くれ)の楡よ! 暮(くれ)れる夜よ! 茎(くき)だか石だかの話を。石走(いわばし)るほとばしる河(かわ)のそばの、こちら川(がわ)あちらが輪(わ)に流れる水の。夜が!