森鷗外「團子坂」

男。そんな風に話がtautological(トオトロジカル)になつてしまつては爲樣(しやう)がないのですが、僕は嫌だの嫌でないのといふわけではありません。こんな事は繼續(けいぞく)が出來ない。早晩どうにか變化せずには已(や)まない。あなたが何と思つてゐたつて、僕が何と思つたつて、變化しないわけは行かないと云ふのです。
女。それがわたくしには分かりませんわ。意志次第ではないでせうか。
男。 そりやあさうです。併(しか)し意志なんといふものは、馬のやうなもので、馬には引掛けられることもありますからね。
女。それでは意志が弱いのではないでせうか。
男。えゝ。その通です。僕の意志は弱いといふことを、僕は發見したのです。
女。まあ。あなたなんぞがそんなことを。(間。)おや。もう橋の處(ところ)へ來ましたのね。
男。三四郎が何とかいふ綺麗なお孃さんと此所(ここ)から曲つたのです。
女。えゝ。Stray sheep(ストレエ シイプ)!
男。SHEEPなら好(い)いが、僕なんぞはどうかすると、wolf(ヲルフ)になりさうです。
女。(笑ふ。)あなたのやうなwolfなんか剛(こは)かありませんわ。
男。あなたはさう思つてゐますか。剛いと思ふものに對しては警戒するから大丈夫です。剛くないと思つてゐるものが危險なのです。