夏目漱石「倫敦消息〔『ホトトギス』所収〕」

時には英吉利がいやになつて早く日本へ帰り度(たく)なる。すると又日本の社会の有様が目に浮んでたのもしくない情けない様な心持になる。日本の紳士が徳育、体育、美育の点に於て非常に欠乏して居るといふ事が気にかゝる。其紳士が如何に平気な顔をして得意であるか彼等が如何に浮華(ふか)であるか彼等が如何に空虚であるか彼等が如何に現在の日本に満足して己等が一般の国民を堕落の淵に誘ひつゝあるかを知らざる程近視眼であるか抔(など)といふ様な色々な不平が持ち上がつてくる。