井村和清『飛鳥へ、そしてまだ見ぬ子へ』

 肺への転移を知ったとき、覚悟はしていたものの、私の背中は一瞬凍りました。その転移巣はひとつやふたつではないのです。レントゲン室を出るとき、私は決心していました。歩けるところまで歩いていこう。
 その日の夕暮れ、アパートの駐車場に車を置きながら、私は不思議な光景を見ていました。世の中がとても明るいのです。スーパーへ来る買い物客が輝いてみえる。走りまわる子供たちが輝いてみえる。犬が、垂れはじめた稲穂が、雑草が、電柱が、小石までが輝いてみえるのです。アパートへ戻ってみた妻もまた、手をあわせたいほどに尊くみえました。