松本清張『両像・森鷗外』

 ついでに云うと、鷗外は抽齋伝で、抽齋以後を述べるのに際し「抽齋歿後第×年」というように抽齋歿年を基点としている。あたかも神武即位(皇紀)何年、キリスト誕生(西暦)何年というに似ているが、大正に至るまでの澀江家の数多い子孫を述べるとき、抽齋歿後第二十三年、抽齋歿後第三十四年といった云い方のほうが読者の頭には編年的に整理がつく。これは「蘭軒」伝でも踏襲されている。
 また主要な人物の死のあとには、その逸事が付く。漢書の本紀・列伝、続日本紀の本紀・日本後紀で高貴の人や功臣の薨去(こうきょ)の記事のあとにその逸事が載る体裁に準じている。