佐藤春夫「愚者の死」(全)

千九百十一年一月二十三日
大石誠之助は殺されたり。


げに厳粛なる多数者の規約を
裏切る者は殺さるべきかな。


死を賭して遊戯を思ひ、
民俗の歴史を知らず、
日本人ならざる者
愚なる者は殺されたり。


『偽より出でし真実(まこと)なり』と
絞首台上の一語その愚を極む。


われの郷里は紀州新宮。
渠の郷里もわれの町。


聞く、渠が郷里にして、わが郷里なる
紀州新宮の町は恐懼せりと。
うべさかしかる商人(あきうど)の町は歎かん、


――町民は慎めよ。
教師らは国の歴史を更にまた説けよ。