厚田雄春/蓮實重彦『小津安二郎物語』

厚田 だから、鎌倉のお宅でのお通夜の晩だって、ぼくら小津組のスタッフは、仕事をかたずけてから小さな部屋にこもってわいわい盛り上ってたんです。誰も涙を流してしんみりしてた奴なんかいない。ところが原節子さんが来られたというんで、玄関に迎えに出て、入ってこられる原さんの顔みたとたんに急に涙があふれてきて、自然と抱き合って泣き出してしまった。しゃくりあげて、こらえきれなくなったんです。あとは、ただ、もう泣いていましたね。小津さんの遺体があった病院ではこれっぽっちも涙なんか出てこなかったのに、原さんと目と目が合ったとたんに、もう、涙があふれて、あふれて。小津さんが亡くなられたってのは、そうしたことだったんだと、いまにして思いますね。