魚玄機「人に代って、悼亡(ひとにかはって、たうばう;代人悼亡)」(全) (辛島驍)

曾て 夭桃を覩ては 玉姿を想ひ、
風を帶ぶる楊柳に、蛾眉を認めぬ。
珠 龍窟に歸る 知るも誰か見ん。
鏡 鸞臺に在るも 誰に向ってか 話せん。
此れ從り 夢に悲しまん 煙雨の夜、
吟苦に 堪へざらん 寂寥の時。
西山には日落ち 東山には月、
恨想す 了期あるに因なきを。


かつて えうたうをみては ぎょくしをおもひ、
かぜをおぶるやうりうに、がびをみとめぬ。
たま りょうくつにかへる しるもたれかみん。
かがみ らんだいにあるも たれにむかってか わせん。
これより ゆめにかなしまん えんうのよる、
ぎんくに たへざらん せきれうのとき。
せいざんにはひおち とうざんにはつき、
こんさうす れうきあるによしなきを。


曾覩夭桃想玉姿
帶風楊柳認蛾眉
珠歸龍窟知誰見
鏡在鸞臺話向誰
從此夢悲煙雨夜
不堪吟苦寂寥時
西山日落東山月
恨想無因有了期


 おまえは、美しい女だったよ。咲きほこっている桃の花の姿を見ては、おまえのようだと思ったことがあったっけ。春風にゆれている楊柳(やなぎ)の葉を見ては、おまえの眉の形にそっくりだと思ったこともあったよ。そのおまえはもういない。おまえはわたしにとっては、龍のあぎとの下にあるという千金の玉にもたとえたい女だった。そのおまえは今では、もとの龍のすむ淵へもどってしまったのだ。そうわかっていても、いまさら、誰だっておまえを見にゆくことは、かなわないのだ。こちらにはおまえの部屋に、まだ、あの愛用の鏡臺がのこっているが、わたしがのぞきこんだときなど、おまえは、その鏡のなかから、にっこりしてわたしに話しかけてきたものだが、今ではわたしがのぞいてみても、話しかけてくれるおまえはいない。悲しそうなこのわたしの顔がうつっているばかりだ。これからは、雨の煙る夜など、きっとおまえの夢を見ては、ひとしお悲しい思いをするだろう。さびしいおりには、ひとりで詩(うた)でも作って、氣をまぎらせるだろうが、おまえのいたころには、そこはどう、ここはどうか、などと側からたすけてくれたものだが、今ではひとりで工夫しなければならない。ああ、今日の日もくれて、月がまた東の山のはからのぼってくる。明日もおなじように暮れてまたおなじように月がのぼり、あさっても、しあさっても、いつまでも、同じことがくりかえされてゆくだろうが、このおまえをうしなった悲しい思いは、限りなく日ごと夜ごとにつづいて、いつおわるということもなく、わたしが死んでおまえのところへゆく日までつづくだろうと思う。