王漁洋「江上にて青山を望み、舊を憶ふ。二首。(かうじゃうにてせいざんをのぞみ、きうをおもふ。にしゅ。;江上望青山憶舊二首)」(全) (橋本循)

  (一)

揚子、秋は殘す暮雨の時
笛聲雁影、共に迷離
重來す、三月青山の道
一片の風帆、萬柳の絲


やうし、あきはざんすぼうのとき
てきせいがんえい、ともにめいり
じゅうらいす、さんぐゎつせいざんのみち
いっぺんのふうはん、ばんりうのいと


揚子秋殘暮雨時
笛聲雁影共迷離
重來三月青山道
一片風帆萬柳絲


 この前、江を渡った時は秋も末つ方、日の暮れの雨が、しとしとと降っている時であった。何処で吹くのか笛の声も、何処を飛ぶのか雁の影も、薄ぼんやりして、さだかではなく物寂しいことであった。然るに今回は、頃は春三月、遥かに青山を望みながらの道中で、風を孕んだほかけ船が浮かび、岸には多くの柳の樹が青い枝を糸のように垂れ、うって変わった風景である。



  (二)

長江練の如く、布颿輕し
千里、山は連る建業城
草は長く鶯は啼き、花は樹に滿つ
江村の風物、清明を過ぐ


ちゃうかうれんのごとく、ふはんかろし
せんり、やまはつらなるけんげふじゃう
くさはながくうぐひすはなき、はなはじゅにみつ
かうそんのふうぶつ、せいめいをすぐ


長江如練布颿輕
千里山連建業城
草長鶯啼花滿樹
江村風物過清明


 長江の水は練(ねりぎぬ)を展(の)べたようにゆったりと流れ、風を孕んだ帆かけ舟が、かろがろとゆく。見わたせば、遥かなる山波は、ずっと南京城の方につづいている。折しも陽春三月、到るところ草は長く伸び、鶯は囀り、花は樹に満ちている。清明節の過ぎた江村の風景を眺めながら、わが舟はゆく。