陸游「太息(たいそく)」(抄) (前野直彬)

太息し重ねて太息す
吾が生 誰と與にか歸せん
那んぞ知らん 暮景の迫れるを
但覺ゆ 故人の稀なるを
禍ひを避けて歸るも猶困しみ
讒を憂へて默するも亦非なり


たいそくしかさねてたいそくす
わがせい たれとともにかきせん
いかんぞしらん ぼけいのせまれるを
ただおぼゆ こじんのまれなるを
わざはひをさけてかへるもなほくるしみ
ざんをうれへてもくするもまたひなり


太息重太息
吾生誰與歸
那知暮景迫
但覺故人稀
避禍歸猶困
憂讒默亦非


太いためいきが出たかと思うと、またためいきが出る。私の人生は、いったい、誰の歩んだ道に落ちつくのであろうか。知らず知らずのうちに晩年はおしせまり、旧友の数もまばらになってしまったのを感ずるばかり。禍いを避けようとして郷里に帰って来たのだが、それでも困窮は身を離れず、讒言を心配するために沈黙を守っても、やはり状況は有利にはならない。