武田泰淳『富士』

疲労! 肉体的ならびに精神的な疲労。イヴさんが禁断の木の実を食べてしまってから、絶えることなく積み重なってきている我が人類のつかれ。それこそ究明さるべきなのです。どうして、ぼくたちだけが疲れないでいられるだろうか。いきなり徴用されて君たちを見棄ててきてしまったぼくが、今さら何も君たちに言えた義理ではないけれども。残酷な言い方かも知れないよ。だがぼくは、言わせてもらおう。疲れてくれたまえ。疲れようではないか。誇りも任務も昂揚も喪失も忘れはてるまで、疲れきり疲れはててやろうではないか。疲れてもいない者が、疲れからの恢復をのぞむことなど、できるはずがないではないか」